映画『雷桜』ファンサイト

宮崎美子

熊本県出身。ホリプロ所属。1991年に宮ア淑子(みやざきよしこ、「ア」の字は山偏に竒)と改名。2000年に本名の宮崎美子に戻す。以前は島田智子事務所に在籍していた。

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生まれてから幼稚園までは熊本市に住んでいたが、父親の転勤で大阪府豊中市、大阪市へ。豊中市立南桜塚小学校に進み大分市に住む。大分市では大分市立春日町小学校を卒業、小学校在学当時からミュージカルやアナウンスなどに興味を持つ。小学生の頃から知識が豊富で、担任の教師が知らない特殊な漢字を知っていたりするなど博学であった。
大分大学教育学部附属中学校(現:大分大学教育福祉科学部附属中学校)から大分県立大分上野丘高等学校にトップの成績で進学する。2年生に進級する際、熊本市健軍に戻り熊本県立熊本高等学校に編入学。将来ジャーナリストを志すようになるが、1970年代の当時は社会派女性ジャーナリストとして活躍できる分野が極めて少なく、女性でも十分活躍できる法曹か公務員の進路も考えていた。
その後、熊本大学法文学部法学科(1979年に法学部法律学科に改組、1997年から法律学科は法学科と公共政策学科の2学科になり、2004年から法学科へ)に入学する。大学でのゼミは「現代の政治」(岡本宏教授)を専攻した。
大学入学後、当時熊本にあった百貨店岩田屋伊勢丹(現在は運営元が代わりくまもと阪神)のポスターモデルとして、ビキニ姿を披露している。さらに同大学写真部の友人が彼女をモデルにしたブロマイドを作り、それがキャンパスの至る所で目に付き、大学では有名人であった。
大学3年生の1979年10月、偶然朝日新聞で見つけた「篠山紀信が撮る!週刊朝日“キャンパスの春”」の表紙モデルに応募。多くの応募者がスタジオで撮った写真を添えて応募していたが、当時交際していた医学部の学生が撮った、化粧けのない素っ気無いスナップ写真を添えて応募。逆にその素朴さが審査員の目に留まり、応募者約1000人のうちの50名の写真選考を通過し、面接後に最終合格者の10名に選ばれる。12月に東京で撮影。普通、素人モデルは撮影に数時間かかるが、宮崎はほんの十数分で終わった。
1980年1月、「週刊朝日」1980年1月25日号の表紙を飾ることになる。撮影後には篠山からグラビアモデルの誘いがあったが、家族に水着姿を見られるのが嫌でそのときは断っていた。2月に直接、篠山紀信からミノルタ(現:コニカミノルタホールディングス)のCMへの出演依頼がある。ちょうど春休みで時間があり、撮影地のサイパンに旅行気分で行けるという理由でその依頼を受けた。
3月から、ミノルタ一眼レフカメラ「X-7」のテレビCMが放映される。木陰でTシャツとGパンをはにかみながら脱いでビキニ姿になるという内容で、大反響となる。
このTシャツとGパンを脱いでビキニ姿になる動作は、落語家の金原亭世之介(当時:金原亭駒平)の舞台芸や、志村けんの『8時だョ!全員集合』中のコントでお腹の贅肉をつかみ「ミヤザキヨシコォ〜」と叫ぶ芸でも評判になる。1980年11月に放送された『クイズダービー』(TBS、第250回)では、そのミノルタCMの問題が出題され、正解発表時には金原亭世之介が登場、その宮崎の舞台芸を披露している。
さらにCMに使われていた軽快な曲も評判になり、このCMコピーを担当した糸井重里が、30秒だけであったCMソングに歌詞を付け足し「いまのキミはピカピカに光って」(作曲:鈴木慶一、唄:斉藤哲夫)としてレコードも急遽発売されるに至るなど、社会現象化した。
宮崎の出現は、それまでのグラビアモデルはスリムでなければならないという概念を崩すものであり、樽ドルのパイオニア的存在であると見ることもできる。のちに小学館の雑誌「GORO」で、篠山が撮影するグラビアに登場する。ワンピース水着で乳首の隆起も露わなまま、仰向けに横たわるカットは、現在までのところ宮崎の肉体露出度ナンバーワン写真と評されている。

人物

バイクブームだった1980年代半ばに、普通自動二輪免許(当時は中型限定免許)を取得している。ヤマハのスクーターサリアンのCMに出演していた縁からか、一時期ヤマハSRX250Fを所有していたという。
故郷のサッカークラブ・ロアッソ熊本の社長である岡英生とは熊本高校時代の同級生という縁もあり、ロアッソ熊本の試合が行なわれる際は、マネージャーを帯同させずに1人で応援に行ったりしている。
また、熱狂的な阪神タイガースファンとしても知られており、2003年度のリーグ優勝達成時にはテレビ番組の企画で自らの公約である「六甲おろしをBGMにチアガールをする」ことに挑戦したという。本来は「チアガールになって甲子園で応援する」約束だったが、スケジュールの都合で甲子園での応援が出来なかった。選手としては江本孟紀の熱烈なファンだったという。
『爆笑レッドカーペット』がきっかけでもう中学生のファンになる。ただし、ファンというより「テレビに出ている息子を心配しながら応援するお母さんという感じ」である。
2010年7月20日放送の「芸能人こだわり王講座イケタク」で、水晶等の鉱物系の石をコレクションしている事が紹介された。

出演映画

乱(1985年)-末の方
めぞん一刻(1986年)-六本木朱美
またまたあぶない刑事(1988年)-萩原博美
男はつらいよ寅次郎の休日(1990年)-幸枝
タスマニア物語(1990年)-都築京子
仔鹿物語(1991年)-坂口よしみ
墨東綺譚(1992年)
わが愛の譜滝廉太郎物語(1993年)
マークスの山(1995年)
微笑みを抱きしめて(1996年)
死者の学園祭(2000年)-涌沢和泉
雨あがる(2000年)-三沢たよ
わたしのグランパ(2003年)‐五代千恵子
マナに抱かれて(2003年)‐ユミ(エミーの母)
春の雪(2005年)-綾倉伯爵夫人
NANA(2005年)‐小松奈津子
ミラクルバナナ(2005年)-大澤江利子
釣りバカ日誌17あとは能登なれハマとなれ!(2006年)-佐伯加代子
DearFriends(2007年)-高橋加奈子
俺は、君のためにこそ死ににいく(2007年)-河合惣一の母
キャプテン(2007年)-谷口孝江
うん、何?(2008年)‐須賀奈美
シャッター(映画)(2008年)‐メグミの母
コドモのコドモ(2008年)‐持田春菜の母
デトロイト・メタル・シティ(2008年)‐根岸啓子
いぬばか(2009年)
余命(小説)(2009年)‐吉野秀実
のだめカンタービレ最終楽章後編(2010年)-野田洋子
書道ガールズ!!わたしたちの甲子園(2010年)-岡崎美央の母
RAILWAYS49歳で電車の運転士になった男の物語(2010年)-森山亜紀子
悪人(2010年)-石橋里子
君が踊る、夏(2010年)-寺本敏江
おにいちゃんのハナビ(2010年)-須藤登茂子
雷桜(2010年)-たえ
アントキノイノチ(2011年)-美智子
おかえり、はやぶさ(2012年)

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